出会いの尊さ

仕事で上海に出かけた。

花の日中親善イベントで、町中にある大きな画廊でデモンストレーションと講演をするのだ。

私たちの控室は、この画廊の清掃をしている年配の男性が日ごろ使っている休憩室が与えられた。

この男性に挨拶をしても不愛想で迷惑そうな表情で、お茶を飲みながら軽くうなずくだけだった。

ここから帰るまでに必ずこの人と仲良くなろう、という仕事以外の私の挑戦が始まった。

翌朝、画廊近くのコーヒー屋でアイスコーヒーを買い、男性に今日からよろしく代わりにアイスコーヒーを差し出すと、しかめっ面で首を横に振られた。

この光景を見ていた主催者の女性が私に歩み寄り、「上海人はビールでさえ、決して冷たいものは飲みませんよ」と教えてくれたので、私はアイスコーヒーを受け付けなかった彼の心が読め、少しほっとした。

デモンストレーションの下準備が終わり休憩室に戻ると、男性がテーブル椅子に座りラジオを聴きながら、卓上にある小さい額縁に入った家族らしき写真を眺めていた。私は即座に英語で「これはあなたの家族ですか」と尋ねてみると財布から孫らしき子供の写真を私に差し出し、訳のわからぬ中国語で話しかけてくれるじゃないか。

言葉はわからなくとも、孫を自慢している表情は万国共通だ。私は嬉しく写真を片手にOKマークを出した。

翌日デモ本番の朝、休憩室に入ると男性が満面の笑みで自宅で作ってきたであろうプラスティック容器に入った温かい中国茶を私に差し出した。

何と温かい良い人なのだろう。私は彼の肩をたたき、胸いっぱいの感謝の言葉を述べ気持ちよくデモと講演を終えた。

こうして私の挑戦は思いのほか早く達成された。

別れの日、朝市で買ったお茶菓子とお礼の手紙を彼に渡し、ハグと握手で再会を祈った。

私にとって出張仕事の醍醐味は、人との出会い無くして始まらない。

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